生活している中での「普通」に涙する日々

人それぞれ生活環境が違い、その人にとっての生活によって「普通」というものは
変わってくるとは思います。

私は裕福ではない家庭ではありましたが、祖父母・親・兄弟と暮らし、親族付き合いも深く、血縁には恵まれていて貧乏なりに幸せでした。
外の付き合いに関しては、子供の頃から色々とあり、人間不信でした。
恋愛に対しても信用していないので真面目に付き合う事がありませんでした。

それでも20後半に遅い本気の恋愛をして、現在は彼との子供が生まれました。
生まれるまでにその父親となる人間と色々とあり、現在も籍を入れることなく出産いたしました。
今はとりあえず一緒に暮らしながら私が籍を入れる気持ちになるようにと、再構築中ではありますが、まだ信用しきれずに毎日不安と疑心暗鬼に囚われ、別れる選択が常に頭にあります。

しかし、そんな思いをしながらでもこの生活ができるのは、必死に頑張ってくれている彼と、そんな彼に懐いている子供を見ているからなのだと思います。

まだ生まれて間もない子供がいることもそうですが、妊娠中に精神と体を病んでしまい、就職するにも難しい私の為に、仕事を頑張り、休みはほとんど一緒に過ごしてくれて、子供の面倒もちゃんと一緒に見てくれているのです。

普段の生活は、彼のお弁当を作り、駅まで送り、家事をしながら子供の世話をし、仕事が終わった彼を駅まで迎えに行き、夕飯を一緒に食べて、子供と一緒に川の字で眠る…。
こんな単調な同じ日々の中、普通の出来事ややり取り、子供が笑って私たちも笑う、その一瞬一瞬が時々涙が出るほど幸せなのです。

未だ彼に不信感が強くある為、この普通の生活が幸せなのかもしれません。
いつかこの生活が当たり前になり、こんな気持ちにならなくなるのかもしれません。
それでも、今は本当にこの「普通」の生活のひと時ひと時がとても幸せだと感じています。ヒートスリム